また、やーるーが笑っている。

大城密/作家


第46話  『ゴーヤージュース』

 僕が初めてゴーヤージュースを認識したのは小学校一年生の夏。

 小学校で友達になった前田。休み時間を終えて教室に戻ってきたときに口にした一言に僕は驚いた。

「あぁ暑ぃ。早く家に帰ってゴーヤージュース飲みたいやっさぁ」

「はぁ? 何それウソつくな。そんなジュースあるか」

「あるよ。めちゃくちゃおいしいぜ」

 廊下の水飲み場の蛇口をほぼ全開に口の中に大量の水を放り込みながら前田はこちらを見た。Tシャツの襟が濡れているがそれが汗か水なのかはもう分からない

「ゴーヤーって野菜だろ。ジュースはフルーツで作るもんだろ。それにゴーヤーは甘くない。ジュースは甘いもんだ」

「お前トマトジュース知らんのか」

「フルーツトマトはフルーツだろ」

「何それ。お前こそウソつくな。そんな名前のトマトあるわけないだろ」

 ああ、そうか前田の家ではフルーツトマトはでないのか。あんなにおいしいのに。

 その代わり僕の家ではゴーヤージュースはでない。

 僕の頭の中に真っ赤なトマトジュースと恐らくは緑色のゴーヤージュースの二つが並んだ。

「うちのお母さん毎日飲んでるから、家に来た飲ませてあげられるぜ」

「おいしいの?」

「当たり前だろ。ハチミツもシークァーサージュースも入ってるんだ。おいしくないわけないだろ」

 なるほど。シークァーサージュースも入っているのか。それは確かに期待値が上がる。

 しかしそれならシークァーサージュースをそのまま飲みたいものなのだけれど、それではだめなのだろうか?

  いや、わざわざシークァーサージュースを入れるということは、さらに味が増すということなのだろうと僕は判断した。

「じゃ今日遊びに来いよ。俺のニーニーは塾でいないからゲームしようぜ」

 前田の家に家は初めて行くし、彼に兄がいることは知らなかった。

 一度家に帰り汗が滲んだ服を全て着替える。

 前田の家までは徒歩で十分程度。場所も知っていたが、中に入るのが初めてだった。

 少し緊張しながらインターフォンを押すと前田が飛び出すように玄関から出てきた。

「遅い。入って。クーラーが逃げる!」

 クーラーは逃げない。逃げるのは冷気だと思ったがそんなことをいう必要はない。

 靴を揃えると前田は客間に僕を案内した。

 奥には前田のお母さんがキッチンに立っていた。

 ミキサーの中ではまるで絵の具を溶かしたようなわざとらしい緑色の液体が回転している。

 あれがゴーヤージュースか。いやそうじゃなければおかしい。

 「そんなに楽しみか。すぐくるからゲームやろうぜ」

 僕はミキサーの回転音を背中に感じながらゲームを始めた。

 しかし始めた途端に背中に気配を感じる。

「はい。ゴーヤージュースお待たせ。これを楽しみに来てくれたんだよね」

 振り返ると前田のお母さんではなく、前田を二回りほど大きくした少年が立っていた。

 塾に言っているはずの前田の兄であることはすぐにわかった。

次回は『ワシミルク』お楽しみに!

大城密(おおしろひそか)

沖縄県出身、東京在住。エブリスタの「スマホ小説大賞2014」にて角川ホラー文庫賞を受賞。

『下町アパートのふしぎ管理人』シリーズでデビュー。その他、チャット小説アプリ『peep』、DMMノベルアプリ、『TELLER』のライター。ゲームシナリオライター。